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巧妙すぎる英検・大学受験における「替え玉受験」の衝撃 個別指導の管理問題

  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

学生証の合成写真に母親「おかしい」 「個別教室のトライ」

元講師が替え玉受験の疑いで逮捕 

自身が受験した英検スコアを教え子の近大入試に不正利用した疑い


 先日、教育業界を大きく揺るがす極めてショッキングなニュースが報じられました。大手個別指導塾の元講師が、担当する教え子のために英検を替え玉受験し、さらに顔写真を合成して大学入試に不正出願・合格させていたとして逮捕された事件です(発覚後、大学は入学を取り消し)。


 同じ教育業界に身を置く者として、激しい憤りを覚えると同時に、これは単なる「一講師のモラルの欠如」という個人の問題で片付けてはならない、業界全体が向き合うべき構造的な病理が潜んでいると感じています。


 今回は、一人の塾長として、また教育に携わる一人間として、この事件の背景にある問題点と、これからの民間教育が目指すべき姿について私見を述べたいと思います。


1. 個別指導塾が抱える「密室性」と「距離感」の危うさ


 今回の事件の舞台となったのは「個別指導」の現場でした。 個別指導は、生徒一人ひとりに寄り添える点が最大の強みである一方、講師と生徒が「密室の人間関係」になりやすいというリスクを常に孕んでいます。


 特にアルバイト講師などの場合、生徒や保護者からの「どうしても合格したい」というプレッシャーを過度に背負い込んでしまい、適切な境界線を越えてしまうケースがあります。ニュースの容疑者も、生徒への歪んだ同情や、「自分が合格させなければならない」という過剰な責任感、あるいは「合格実績を出して認められたい」という自己顕示欲が暴走した結果、今回の犯罪行為に及んだのではないでしょうか。


 塾の管理者が講師の「精神的な孤立」や「生徒との不適切な距離感」に気づけなかった体制、つまり個別指導のブラックボックス化こそ、私たちがまず猛省し、対策を講じなければならないポイントです。


 というのは、英検2級に到達しうる学力だったのかどうか、ということは事前に把握できた可能性はあったからです(定期テストなどあらゆる点数推移の管理がきちんとできていたらの話ですが)。そして、塾講師における替え玉という究極的選択は、英検合格から大学受験合格をつかむという巧妙な戦略性があることからして、英語が苦手すぎるという状況があり、合格率がゼロに近かったのではないかと推察されます。


2. 「結果がすべて」という成果至上主義への警鐘


 近年の大学入試において、総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜の割合は5割を超えています。それに伴い、英検などの民間英語試験のスコアが合否を大きく左右する「仕組みのゲーム化」が進んでいます。


 制度の穴を突くような「ハック(攻略)」が横行する中で、一部の教育現場には「受かりさえすれば、プロセスはどうでもいい」「数字(実績)が出れば正義」という、冷徹な成果至上主義が蔓延していないでしょうか。


 しかし、教育の目的は「合格という切符を手に入れさせること」のその先にあります。 不正によって実力に伴わない合格を手に入れた生徒は、大学の講義についていけず、社会に出てからも必ず自滅します。今回、大学への入学が取り消された生徒は、まさにその「歪んだ成果至上主義」の最大の被害者です。私たち塾関係者は、「私たちが売っているのは、合格実績という数字なのか、それとも子どもの未来の可能性なのか」を、今一度自らに問い直さねばなりません。


3. 民間教育だからこそ求められる「高い倫理観」とコンプライアンス


 「塾は学校と違ってビジネスだから」という言い訳は、もはや通用しません。子どもたちの人格形成の貴重な時間を預かっている以上、民間教育であっても、学校以上の高い倫理観とコンプライアンスが求められます。



結びに:教育の信頼を取り戻すために


 今回の事件は、真面目に子どもたちと向き合っている全国の多くの塾講師、教育関係者への警鐘を鳴らすものとも言えます。失われた「信頼」を取り戻す道は、一歩一歩、目の前の生徒に誠実に向き合うこと以外にありません。


 時代が変わり、入試制度がどれだけ複雑化しようとも、教育の本質は「自立した人間の育成」です。


 手段を選ばずに数字を追う教育ではなく、子どもたちが一生誇れる「努力のプロセス」を支える教育へ。当塾はこれからも、地域の模範となる誠実な教育機関として、正々堂々と子どもたちの成長に伴走してまいります。


 同じ教育業界の皆様、そして明日の教育を憂う皆様とともに、より良い学びの場を創っていけることを願っています。

 
 
 

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